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宇和島城に正式の天守閣ができたのは、藤堂高虎の築城(1601)の頃と言われます。慶長元(1596)年から6年の歳月を費やして、海に備え、土の城から石垣の城に城造りをし、本丸に連立風の天守を建て、三之丸に館を作ったと考えられています。大阪夏の陣以後、城の総掘をさらい、本丸を切岸にし、11の櫓を建てるなどの改修をしています。掘のほとんどは海水を使っています。
また、藤堂高虎の父、虎高が慶長4(1599)年、ここで亡くなり、慶長6(1601)年、後に安濃津(あのつ:三重県津市)2代領主となる高継が生まれています。
後に伊達氏の改修(1661-1672)により、独立式三重三階、白壁の総塗込め造りの天守閣となりました。土台から天守まで、15.8mであります。
藤堂高虎創建時の
(作図:三浦正幸氏)
創建時は望楼型天守と
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写真:島原市本光寺所蔵古文書 |
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