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宇和島アラカルト

Exhort 宇和島城跡

宇和島城天守
宇和島市

城山の東側と南側に登り口があり、大きな石垣に沿って石段を登ります。自然林がそのまま残り、可憐な草花が迎えてくれます。息が切れる頃、黒い瓦と白い壁のコントラストの天守閣が現れ、頂上からは街並みや宇和海が広がります。深い木々の奥には野生のたぬきが住み着いていて、運がよければ、かわいい姿に会えるかもしれません。

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  1. 宇和島城(天守閣)

ちょっとご案内

登山口

宇和島藩家老桑折(こおり)氏武家長屋門を縮小して移設したもので、間口15m、奥行4.1mです。門に向かって右室は馬屋で、左室は門番と家付の使用人はじめ、中間(ちゅうげん)、小者(こもの)が居住していたそうです。

登山道

右は長門丸(現在、児童遊園)経由でやや遠回り、天守閣へは左が近道です。

井戸丸跡

城内に3ヶ所あった井戸の内、最も大きなものの遺構です。この辺りは城山の木々の深い所で、亜熱帯から暖帯林、96科453種ほど、300年から500年を経た植物が生育しています。

三ノ丸跡より

三ノ丸跡より天守を望みます。桜の木々が迎えてくれます。また、海側に眺望が開けてきます。

長門丸より

もう一方の登山道、長門丸(現在、児童遊園)から三ノ丸を経て、天守閣に登る石段です。

本丸へ

三ノ丸より本丸へ。櫛形門(一の門)の高い石垣が綺麗です。

本丸より

本丸、台所丸前から宇和島港を望みます。工事中の高規格道路、宇和島道路の坂下津トンネルも見えますね。

天守閣玄関

式台のある玄関、建物と石垣との間に余地があるなど実戦より領主の威容をしめした江戸初期の天守閣の特徴がよくでていると言われます。

天守閣西側

妻側は一層に千鳥破風、二層は唐破風となっています。瓦紋は九曜丸です。

上り立ち門 上り立ち門

もう一つの登山道は、城の南側、上り立ち門からのルートです。

上り立ち門は宇和島城にあった多くの城門の一つで、搦手口から城へ登る上り口に位置しています。建物様式は薬匠門形式の切妻、本瓦葺で、丸瓦の先端には、伊達家の紋章の一つ九曜丸の紋が付いています。建造年代ははっきりしていませんが、城郭全体の大修理が行われた寛文年間(1661-1672)と推定されています。

諸矢倉、追手門、搦手門などが失われていますので、宇和島城の貴重な遺構です。

式部丸を望む 式部丸を望む

上り立ち門から式部丸を望みます。

一等水準点 一等水準点

宇和島地域一帯の高さの基準となるものです。この標柱には「10.2」とあり、水準点の標石の半球突起の頂上の高さが標高(平均海水面からの高さ)が10.2mと示しています。この数字は昭和7(1932)年の観測設置したもので、現在の使用値10.1999mと比べても精度の高さが判ります。1.番号.「基四四」2.位置「東経132.34.1」「北緯33.12.57」です。

ばくちの木 ばくちの木

"博打の木"は、ばら科の常緑樹です。名前の由来は木肌がはがれて、すべすべの肌が見えてくることからとか。

護国神社 護国神社

左手に南予護国神社が見えてきます。

代右衛門丸下 代右衛門丸下

しいの木や楠、カゴの木、椿などの大木、ヤブニッケイ、ヤブミョウガなどの潅木、下草が生い茂るうっそうとした木々の間を通っていきます。

登山道は係りの方が毎日清掃されていて、綺麗です。

長門丸へ 長門丸へ

視界が開け、長門丸へ出ます。上水道の配水池がそばにあります。

代右衛門丸跡 代右衛門丸跡

長門丸から藤兵衛丸へ至る石段の途中から代右衛門丸へ行く道があります。代右衛門丸は天守閣の南側の守りでした。現在は植えられた30本余りの楠が大きく育ち、公園になっています。その下には竹林が綺麗な式部丸や井戸跡が望めます。



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