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宇和島アラカルト

Exhort 河後森城跡 (かごもりじょうし)

河後森城跡
松野町松丸

中世の伊予と土佐の国境に、鎌倉時代から江戸時代初期までの約400年余りに渡って、この地域の領主だった河原淵氏などの城跡で、県下最大級の中世城郭跡です。

河後森城は古城、本郭、新城と呼ばれる尾根筋を削った平たんな曲輪(くるわ)跡と、谷部の風呂ケ谷からなる馬てい形の山城。中世から近世の築城経過を示す遺構が良く残っている点などが高く評価されています。

発掘調査で、当時の城や屋敷跡、堀の遺構が確認され、15〜16世紀を中心にした備前焼や中国の青磁・白磁が出土しました。天守閣は後に宇和島城の月見櫓として移築されたという言い伝えがあります。97年9月11日国指定史跡に指定されました。指定面積は202,038m2です。


ちょっとご案内

上空より 上空より

河後森城跡の古城、本郭、新城と呼ばれる尾根筋を削った平たんな曲輪(くるわ)跡と、谷部の風呂ケ谷からなる馬てい形の山城の様子がよく判かります。

遺跡の位置

愛媛県北宇和郡松野町松丸・富岡地内
東経132度42分39秒 北緯33度13分18秒

井戸遺構 井戸遺構

風呂ケ谷にあります。城内での生活をしのばせる遺構です。

柱穴跡(西第10曲輪) 柱穴跡

発掘した全ての曲輪から、建物や柵が建てられていたと考えられるたくさんの柱穴が検出されました。(写真は西第10曲輪です)

瓦(本郭)

本郭から出土したものです。

堀切(東第4曲輪)〜(古城第2曲輪) 堀切

防御のために山の畝を溝状に掘りきったものです。(写真は東第4曲輪〜古城第2曲輪間です)

集石遺構(新城) 集石遺構

新城より出土。戦いに備え石つぶてを集めたものと言われます。

様々な出土物 様々な出土物

青磁・白磁・青花など当時中国から運ばれた陶磁器、国産の備前焼の壷、すりばち、多くの瓦類、女性の髪飾り、鉛弾など、数多く出土しています。

立体画像 立体画像[VRML]です

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※.データ入力の途中です。ご容赦下さい。m(__)m

付近案内図 付近案内図

付近案内図です。

最寄り JR予土線松丸駅より徒歩5分

バス 宇和島自動車 松丸駅前より



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